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2024年05月

こんな40~50代と働きたい、反対にこんな人とは・・・

皆さんは、20、30と歳の離れた方が、

同じ職場にいらっしゃいますか?

 

先日、20代前半の方々と話す機会がありました。

昭和時代に育った私にとって、

今の20代の方が考えていることに直接触れることは、

とっても勉強になる事ばかりです。

 

話してみて、

昭和時代に育った人と、

平成時代に育った人には、

小さなことから大きなことまで、

様々な違いがあるなと改めて感じました。

 

年齢が増すにつれ、当たり前ですが、

自分より年下の人と一緒にお仕事さててもらうことの方が、

多くなります。

 

相手より年齢が高いというだけで、

相手には多少なりともプレッシャーを与えています。

いくら、職場で親しくなったからと言って、

やはり、20代の方が、50代の方に全く遠慮がないと言ったら、

そうではないと想います。

 

若い人がもし私のことを、

「めんどくさい」「付き合いづらい」と思ったとしても、

それを直接伝えてくれるか?伝えられるか?と言ったら、

ほとんどの人がそうではないと思うので、

私は、利害関係が無い若い人と話をするときに、

きっかけがあれば、

職場にいる40~50代の人で、

働きやすい人、尊敬できる人って感じる人はどんな人?

反対に、仕事がやりずらいと感じる人はどんは人?

という質問を投げかけて、

自分の在り方を見直すきっかけにしています。

 

今回、会話した方々の共通点として、

働きやすい人、尊敬できる人は、

「親切に仕事を教えてくれる人」でした。

特に、

「忙しそうにしていらっしゃるから、

今質問しても大丈夫かな~。

でも、聞かないとできないし・・・。」

と思って質問した時、嫌な顔一つせず、

親切に教えてくれる方は尊敬できるとのことでした。

大抵、そういう方は、

なにかトラブルが起きたとき、困ったときに、

SOSを出すと、助けて下さるともおっしゃっていました。

 

反対に、仕事がやりずらい人は、

一言で言うと「認めない人」だと私は捉えました。

具体的には

□自分の非を「認めない」から、当然謝らない。

□別なやり方もあるのに、それを「認めない」から、

いつまでも固執したやり方で仕事をしている。

□上司の意志を「認めない」から、

チームワークを乱す行動をとる。

というような在り方の人のようです。

職場にいる30代のリーダーを観ていて、

自分より年上の「認めない在り方の人」への対応に、

「ほんと、やりづらそう!大変そう!と思っている。」

ともおっしゃっていました。

これは、今回私が話を伺ったAさんの主観ですが、

「認めない人。40~50代の女性が多い気がする。」

とのことでした。

私は、まさにその対象なので、気を付けねばです(^_^;)

 

それにしても、よく、職場のこと観察していらっしゃいますね!

質問に応えて下さってありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

心配が不安に変わる時

皆さんは、

「心配」と「不安」の違いを意識されたことはありますか?

 

私は、なんとなく、

心配と不安には違いがあるよな~とは感じていたものの、

そこをあまり区別することを意識せずこれまで過ごしてきました。

 

今私は、負の感情を手放すことに集中する期間と決めているのですが、

そもそも、負の感情が沸き上がってくる状態をつくらないことにも、

意識する必要があると考えました。

 

そんな中、自分の思考の中で、不安が沸き上がってくる瞬間をキャッチしました。

それが、今日のタイトル「心配が不安に変わる時」です。

ふと、離れて暮らす家族のことを想い出し、

しっかり食べてるかな~

仕事順調かな~

と考える時があります。

この時、感情に揺さぶりはなく、ただそう想っているだけ。

字のごとく、心を配っているだけの状態

「心配」なのだと想います。

 

しかし、その心配事に、

過去の出来事や経験がくっつき、

その時の出来事や経験が、

傷ついたり、あまりよろしくないことであると、

また、そうなるんじゃないか?

と未来を悪い方へイメージしてしまいます。

これをイメージした瞬間、不安が沸き上がってくる。

そんな感覚を覚えました。

 

心配を過去に結び付けないことを意識する。

もし、結び付けて未来に不安を感じ始めたら、

まずはそれに気付くことが必要ですが、

心配が不安に変わっているよ~

心配までに留めておこうね~

不安な気持ちは手放してもよい?OK(^_^)

と言って、気持ちよく手を振って、

不安とお別れしていこうと想います。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

自分の気持ちに正直に生きる

今日は日中、信州も暑かったです。

皆さんのお住まいの地域はどうでしたか?

今の時期、信州の良い所は、

夕涼みが出来ることです。

 

適度にひんやりした自然の風を感じながら、

玄関の外階段に腰を掛け、読書をしておりました。

どちらかのお宅からお料理のいい香りがしてきたり、

うっすらとオレンジ色に染まる空を眺めたり、

子供たちの元気な声が聞こえたり・・・

五感をめいっぱい感じながら過ごしたひと時は、

心穏やかで至福の時間となりました。

一歩外に出れば、この環境があるということを、

それまでは特別なこととも想っておりませんでしたが、

一度、東京に出て暮らしてみたからこそ、

恵まれた環境なんだな~ということを強く感じます。

 

これまでも

自分の気持ちに正直に生きる

ということを心掛けてはいました。

しかし、

不安、恐れ、焦燥感、罪悪感など負の感情が障害となって、

ちょくちょく、道を外しかけては、

軌道修正するということを繰り返してきました。

今も、軌道修正期間です。

 

昨日、ある決断をしました。

そのために、経済的なことで手放したこともあります。

自分の本心に従って、

自分が本当にやりたいことを自分にやらせてあげよう!

特に今回の軌道修正期間はそのことに集中してみようと想います。

そのために、今まで障害となっていた、

負の感情を1つずつ、1つずつ、根気よく手放したり、

今日の夕涼みのような穏やかな時間を大切にしたりしながら、

過ごしてみたいと想います。

 

その結果、この先の人生がどうなっていくのか?

展開が楽しみです(^_^)

皆さんにまたご報告いたします。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

 

 

メッセージの浸透

2024年も、もう5か月が過ぎようとしていますね。

1月に父が急逝してから、

離職、求職、足の骨折、

家族の転職、引っ越し、

と自分の人生にも大きな影響があるイベントや、

アクシデントが多々あり、

気付けばもう一年の半分近くが過ぎようとしています。

 

この様々な出来事がもたらすメッセージは何なのか?

あーでもない、こーでもない、

あーしなきゃ、こーしなきゃ、

あれが正解か?これが正解か?

複雑に考えすぎていたように想います。

 

結局、出た答えは、いたってシンプル。

「自分の本心で決めましょう!」

でした。

 

5か月いや、昨年12月の求職期間も含めれば、

半年かかって、やっとそのことに本当の意味で気付き、

ある決断をすることができました。

決断の阻害要因の大きな1つは、

変化に対する恐れでした。

しかし、それも無理はありません。

これまで30年以上、生活に必要なお金のほとんどを、

従業員という形で得ていたのですから・・・。

 

別に働き方うんぬんということを言いたいのではありません。

働き方はどうであれ、

「自分の本心はどうなの?」

ここがまず、根幹です。

頭ではわかっていたつもりでしたが、

実は、変化という恐れから目を背けていた自分に、

ある出来事がきっかけで気付くことができました。

冒頭でも記載したように、

これまでも重要なメッセージが届いていたのに、

今、やっと身に染みてわかったのです(^_^;)

今振り返ると、

たまたま視聴した動画、手に取った本、

家族や友人の言動、

自分が家族や誰かのために発する言動にも、

メッセージが含まれていたな~と想うのです。

それを、自分事として捉えていなかった、

捉えようとしていなかったと感じています。

 

シャワーのように降り注がれていた沢山のメッセージが、

体の奥深く浸透するまで私の場合、半年を要しました(^_^;)

 

人は、変化を恐れる生き物なのだそうですが、

変化していない年数が長ければ長いほど、

恐怖心も大きいのでしょうか?

たとえ恐怖心が大きくても、それに早く気付いて、

手放して行かれるスキルは持っていることの方が、

人生をよりスピーディーに効率的に、

かじ取りしていかれることは確かなようです。

 

まあ、これも経験です。

この経験を誰かのお役に立つように使えるようにしていきます(^_^)

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

怪我の功名

生存本能は命を守るために備わった、

とってもとっても大切な本能です。

だから人は、

経済的に余裕が無くなったり、

仕事(収入源)を失ったりすると、

「これから食べていかれなくなったらどうしよう」

と不安や焦燥感が湧いてくるのは、

自然なことです。

 

しかし、それを頭で理解していても、

実際に自分がその渦中に入ってしまうと、

その不安と焦燥感から早く抜け出したくて、

自分に無理矢理納得のいく理由をつけて、

自分の本意とは異なる道に進み始めては、

失敗して戻るということをここ1年くらいの間に、

何度も経験しました。

 

これは、フリーランスという道を選んだからこそできた経験で、

この経験も、世のため人のために使っていけたら価値になるし、

価値にするために、どう失敗から立ち直っていくか?を、

今、絶賛お試し中です。

 

試すということで言えば、

リハビリ期間も含め、

完治するのに3か月かかるという今回の足の骨折は、

私にたっぷり時間を与えてくれました。

否が応でも、焦っても仕方ない状況なため、

自分の内側にある答えを拾い、

1つずつ、1つずつ、つなぎ合わせ形にしていく作業を

引き続き、丁寧にやっていこうと想います。

 

そんな中、

「真の自己肯定感の必要性と重要性を伝えていきたい」

という基本的な部分は変わっていないのですが、

そのためにどうしていきたいか?何をしたいのか?が、

以前より、明確になってきたように想います。

こちらのホームページも、リニューアルが必要かもしれません。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

同じ失敗を繰り返す(^_^;)

不安や焦燥感がある時に、

行動したり選択したことは、

これまで大抵上手くいっていない。

想い(考え方、感情、イメージ)が現実と相似するのは、

摂理なのだから、当たり前だと頭ではわかっていても・・・。

 

幾度となくこういう失敗を繰り返しては、

メンターからフィードバックをいただいたり、

強制終了となるような出来事が起きたりして、

そのたびに、軌道修正してまいりました。

早めに気付き、軌道修正できた時は良いのですが、

タイミングによっては、

お金と時間と労力のロスが大きかったことも、

何度も何度も経験してまいりました。

 

昨日、ある残念な連絡を受けました。

その残念な連絡に対して、

不安や焦燥感が沸き上がりました。

今、不安だよな~と自覚しているにも関わらず、

不安をかき消したい衝動が抑えられず、

ある行動をとりました。

半日ぐらい経ってから、ふと、自分がとったその行動が、

やっぱり、自分の本意では無かったな~、

私のよくやってしまうパターンで、

無理矢理その行動が正しいと想えるような理由付けをして、

行動を推し進めていたな~と・・・。

その行動に要した時間は2時間ほど。

お金の損失もありません。

「不安と焦燥感にかられて行動をとる」

という同じ失敗を繰り返しはしましたが、

「自分の本心に嘘をついた行動をしていたな。」

ということに半日で、自分の力で、

気付き、受容できたことは進歩だったと想います。

 

足の骨折治療で、歩く速度が5倍ほど遅いのと、

ちょっと動いただけで体力を消耗してしまう今の私にとって、

2時間という時間と体力の消費は、

正直、悔しかったです。

でも、過去の失敗の中では、一番小さい痛手だったので、

同じ失敗を繰り返す自分を責めたくなる気持ちは手放して、

進歩している所を承認してあげようと想います。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

  • Category:承認
  • Author:mind-labo

亡き父の人柄を知る

昨年、東京と信州の二拠点生活をするために、

愛車を手放した私。

東京から戻り、車社会の信州で、

車を持たない選択をしようとしていた矢先、

父が急逝し、父の車を私が引き受けることになりました。

 

今日は、車検に出してあったその車を、引き取りに行く日でした。

車検をお願いしたところは、

父が約50年、車の購入からメンテナンスまで全てを依頼していた、

個人経営の車屋さんです。

その車屋さん(以下Kさん)は、やることが丁寧、親切で、

両親ともに、信頼を寄せている方でもあります。

 

車を取りに伺うと、

ピッカピカに磨かれた、父の車がそこにありました。

そして、まだ何か作業をしているKさん。

Kさんのところに近寄ると、

「まだちょっと気になるところがあってね。

もう少しだけ待っててくれる?」とおっしゃって、

すでにピッカピカの車なのに、隅から隅まで、

丁寧に仕上げてくださいました。

「お父さんにはお世話になったし、

お父さんの形見の車だから、特に大事にしてあげないと。

そう想いながら、少しずつ少しずつ手でワックスがけをしたよ。」

と・・・。

その想いが、車に表れていて、

10年経つ車とは思えないほど、

新車のようなつややかさが蘇っていました。

 

Kさんのお人柄良いことはさることながら、

そんなKさんからも父は慕われていたようで、

父の人柄も垣間見れた瞬間でした。

 

亡くなってからの方が、

外での父のことを知る機会が多いように想います。

 

余談ですが、

そのKさんと両親にはシンクロニシティがあって、

50年前東京に住んでいたとき、住んでいた場所の目と鼻の先にある、

大手カーディーラーに当時Kさんが勤めていたとのことでした。

父とKさんは信州に戻ってきてから、初めて出会ったそうなのですが、

会話をする中でそのことを知り、お互い、

「えー、あそこのディーラーに勤めてたの?!!」

「えー、あそこの都営団地に住んでたの?!!」

と、ディーラーも都営団地も至るところにある大都会東京で、

そんな偶然があるなんて!と何か深いご縁を感じていたようです。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

  • Category:感謝
  • Author:mind-labo

気にしすぎる性格に良い悪いはない

皆さんは、

HSP(Highiy Sensitive Person)をご存知ですか?

その意味を簡単に言うと、

「人一倍繊細な気質をもって生まれた人」で、

「こうした気質を持つ人は職場や家庭など生活の中で気疲れしやすく、
生きづらいと感じているタイプの方が多い。」
(「」内、品川メンタルクリニックホームページより引用)

と言われています。

 

私が、このHSPについて知ったのは、

5年くらい前、友人の紹介で読んだ、

武田友紀著 飛鳥新社出版

「繊細さんの本」がきっかけでした。

そして、私にもHSPの要素がかなりあるなという、

自覚を持つきっかけにもなりました。

HSPの自覚を持てたことや、

HSPが生きづらさの原因の一つであることを知ることができただけでも、

かなり生きやすくなったのですが、

今でも、

「細かいね」とか「敏感だね」とか

「細かいとこまで気にしすぎじゃない?」

と何気なく発せられた相手の言葉に、

すごく嫌な感じを抱く自分がいます。

 

今日も、

私の繊細さを指摘するような発言を受けて、

嫌な気持ちになりました。

別に、それが悪いと否定されたりしたわけでもないのにです。

このモヤモヤとした感情は何だろう?ということを深堀したくなり、

時間もあったので、思うがままのことを紙に書いてみました。

そんなことをしているうちに、ふと、ある記憶を想い出しました。

中学生の時(かれこれ35年以上前)の記憶です。

ある先生に、提出物の提出期限を過ぎてしまった理由を話しに行ったら、

何を言われたかその内容を詳細まで覚えていないのですが、

「そんなこと(先生にとってはどうでもいいこと)を気にしてたら~~~」と

と、私が気にしすぎであることを指摘し、それに対して否定的なことを言われ、

とっても恥ずかしくなり、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえて、

席に戻ろうとしている自分の姿を想い出したのです。

恐らく、小さいころから、母親や友達から、

「そんなに細かいこと気にすることないのに」

というようなことはよく言われていたような記憶はあります。

ただ、それを言われても、たいして気にも留めていなかったようにも想います。

もしかしたら、あの中学の時の出来事が、

「細かいことを気にすることは悪いこと」

という思い込みを決定づけたのかもしれない。

という仮説が自分の中で生まれました。

だから、別に、否定されたわけでもないのに、

自分の繊細な所を指摘されると、

反射的に嫌な気持ちになってしまうのではないのかと・・・。

 

あくまでも仮設であって、

その仮説があっているか?

全部でなくても一部は合っているのか?

正直、分かりません。

 

でも、中学の時の先生には悪いのですが、

全て先生のその言動のせいにしてしまえば、

「気にしすぎる性格に良い悪いはない」

という頭では理解していても、

実際には受容できていなことを、受容できる。

そんな気になってきました。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

短絡的な思い込み

知人に、

営業職から製造業の作業員に転職した方がいらっしゃいます。

転職の理由は、

その方は、筋トレが趣味(ボディービルダー)で、

「製造業で重たいものを持つこと自体が筋トレになるから」

ということでした。

きつい、汚れるという理由で、

世の中では敬遠されがちなその仕事に対し、

その方が、あまりにも幸せそうにそのお話をされるので、

私は単純に「好きなことを仕事にするパワーってすごいな」と捉えました。

その印象がとっても強く残っており、自分の中に、

「自分の趣味と共通性のあることを仕事にすることは幸せ。」

という思い込みをつくることに影響を与えたことは間違いないでしょう。

また、日ごろ、SNSなどから受動的に得ている情報で、

好きなことを仕事にして、

「楽しく仕事してます!沢山稼いで幸せです!」

という、ポジティブな側面しか映さないものからの影響も、

かなりうけていたんじゃないかな~とも想います。

 

確かに、

自分の趣味と共通性のあることを仕事にすることは幸せ。

という側面はあると想います。

ただ、自分がそういう思い込みを基に仕事選びをして、

実際にはそうとも言い切れない側面があるという経験をしてからは、

自分のやりたいことと好きなことは別で、

やりたいことをやるためには、

好きじゃないこともやらなければならない場面もあって、

・本当にやりたいことのためなら好きじゃないこともさほど苦にならずできる。

・自分の趣味と共通性のあることを仕事にすること「も」幸せ。

・自分の好きなことを仕事としてやりたいかどうか?は別。

・自分の好きなことを仕事として選ぶかは自由。

そんないくつかの考え方を持つことができるようになりました。

 

 

そもそも、なぜ、短絡的な思い込みをしてしまったのでしょう?

 

表面的なことでしか物事を捉えていなかったことにあると想います。

具体的にどういうことかというと、

先にご紹介した知人の例で言うと、

転職後とっても幸せそうに見えたのは、

・転職する前の営業職がとっても辛かったからかもしれない。

・力仕事をすることだけじゃなくて、職場の人間関係も良好なのかもしれない。

・心身の状態を良くする、別の健康法などをやっているのかもしれない。

・プライベートで良いことがあったのかもしれない。

など、様々な複合要素から、

その人の今の状態が作り出されているという視点が足りなかったということです。

 

そう考えると、SNSの投稿は、その人のことを良く知らないのであればなおさら、

なぜこの人(この企業)が、この投稿をしているのか?

背景として考えられることはなにか?

様々な視点が、必要となってくると想います。

私のように、短絡的な思い込みを避けるために・・・

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

罪悪感からの選択はやめようね。のサイン。

最初にお伝えしておきますが、

道徳的判断をするうえで、罪悪感は大切な感情です。

だから、罪悪感が悪者ということでは無く、

むしろ重要な感情なのだけれども、

その使い方を間違えないようにしましょうね~というのが、

今日のブログのお話です。

 

 

収入がない、または極端に少ないと、

日常生活を脅かすことなどに繋がるので、

不安感が増すのは人間の本能です。

そしてその不安が増せば増すほど、

早く仕事を決めないといけない!という焦りも募らせます。

 

昨年12月、東京から信州に戻ってきて、

1月から働き始めていた矢先、父が急逝。

80歳を過ぎた母を急に1人にするのは、

精神的にかなりの負担になることが予想されたこと、

実際に母からもしばらく一緒に暮らして、

父が亡くなった後の手続きなどを手伝ってほしいと言われたため、

事情をお話して退職することとしました。

それにより、失業給付を受ける手続きをしたため、

しばらくは安定した収入があり、

焦って仕事を決めなくてもよい状況になりました。


しかし、これは私の特性なのかもしれませんが、

心身ともに元気で働ける状態なのに、

仕事をしていないことに罪悪感を感じてしまいます。

今から思えば、

この罪悪感から逃げたかったのでしょう。

焦って仕事を決めなくてもいいと頭ではわかっているものの、

どうしてもこの仕事がやりたい!やってみたい!というよりは、

納得いく理由を無理矢理自分に言い聞かせて、

仕事探しをしていました。

そんな中、ある企業様との面接を2日後に控えた日に骨折してしまい、

そのお話は流れてしまいました。

これは、「強制終了」だなと直感で思いました。

 

そして、強制終了の答えの一つがまた新たに見つかりました。

それが、今日のテーマ「罪悪感からの選択はやめようね。」です。

 

今、私は、「仕事をしていないことに罪悪感」を感じていません。

なぜなら、足の骨折治療中だからです。

働く事が出来ない公然とした、自分への言い訳があるからです。

 

ただ、そうは言っても、仕事探しは出来るし、働く意思もあるので、

なんとなく気分がよく気が向いたときに、

PCでデスクワーク限定の仕事探しをしていました。

そして、ふと、目に留まった求人から、その法人様のホームページを開くと、

自分の価値観と共通点が沢山あったり、

自分が今までやりがいを感じた仕事に近かったりと、

この仕事がやりたい!やってみたい!というものが見つかったのです。

応募するにあたっての提出書類も、熟考に熟考を重ねました。

これまでとは明らかに、応募への熱量が違います。

 

他にも、罪悪感で選んで、よろしくない結果になることはないかな?

と考えてみました。

例えば、

断ることに罪悪感を感じ、

行きたくない誘いに応じて、疲弊したり。

疲弊までしなくても、心の底から楽しめなかったり。

例えば、

自分に高価なものを買うことに罪悪感を感じ、

「これ欲しい!」と思った物の値札を見て高価だと思い、

妥協して安いのを買って、結局あまり使わず処分することになったり。

 

そんな経験って、皆さんにはありませんか?

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子